苦しいから死ねばいいなんて、そんな簡単な理由でここに立っているわけではないけれど。死ぬということはこの空間から私自身が消えてなくなってしまうことだ。それならば、私はもうとっくに死んでいる。それでも、

「苦しいのは、もう嫌なんだよ」

指先に力を入れると掴んだフェンスがガシャリと音を立てて僅かに歪んだ。授業中特有の静寂と夏特有の湿った風が頬を撫でて、なぜだか視界が霞んだ。泣きたくない気持ちと裏腹に涙が滲むのはやっぱり死ぬのが怖いから。
振り払うように頭を振ってフェンスに足をかける。ゆっくりと、それでも確実に上へ上へと上っていくと空が近づいてきた。そのたびに目の端に溜まる涙は多くなって。足が進む速度は遅くなっていく。
死にたいような顔をして、それでも私は誰かに気付いて欲しいんだ。

「…誰か、」

呟くように囁いたその言葉もきっとこの湿った夏風にさらわれて。情けなさに涙が止まらない。もう嫌なはずなのに、もう決心したことなのに。それでもまだ求めてる。フェンスにしがみついたまま嗚咽を洩らすと、肩が震えるのと同じようにフェンスがギシギシと音をたてた。

「ねぇ、うるさいんだけど」

誰もいない場所からの思いも寄らない声に私はビクリと肩を震わせた。固まったまま動けない。
誰かいるなんて、
涙がはりついて顔が痛い。今まで全く感じなかった背中からの気配が今は私の動きを封じるほどに強い。

「何してるの、そんなところで。まさか自殺とか言わないよね」
「…っ、」

咎めるような声に答えられずにいると、その気配が動いた。ゆっくりと私に近づいてくる。

「そんなこと、僕が許すと思ってるの」
「…そんなこと、他人にとやかく、っ」

その横柄な物言いに思わず振り向くと、その先にいたのは声からは全く想像のつかない、その狂気じみた声とは正反対のスッとした涼しげな表情をした男だった。

「なに、」

見つめる私に片眉を器用に上げた彼は不機嫌そうに言った。

「早くそこから退いてくれない」
「…、や」
「聞こえない、はっきり言いなよ」
「嫌…です」

そう答えた瞬間、風が変わった気がした。
彼は唇の端を吊り上げてニヤリと笑いながら、ジッと私を見返した。

二人の間を、強い風が駆け抜けて、スカートが翻った。


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